この機会に環境汚染について考える #コロナ#環境汚染#地球温暖化#グレタ#トランプ

 当初新型コロナを甘く見ていた。風邪のちょっとひどいやつでしょ、あったかくなればいずれ収束するでしょ、と考えていたのがいまから振り返れば、なんと愚かで怖れ知らずだったかが思い知らされる。でも誤解を怖れずに言えばコロナで良かった。新型コロナはこれから南半球を巻き込んで全世界的に長期の蔓延を繰り返すのだろうと思うし、ほんとうにしつこく巧妙で科学の発展した今日にしてようようとは終息してくれない感染症だ。しかし、いつの日かこれに立ち向かう武器を人類は開発できるだろう。そしていつの日かこれを怖れずに過ごせる日が帰ってくるだろう。
 しかし、地球環境に関してはどうだろう?人工衛星から夜の地球を見れば、アメリカ、中国、ヨーロッパ・・・5大陸全ての沿岸部が光輝いて燃えているかのように見えるはずだ。内陸部の大都市は暗い宇宙の1等星のように灯っているだろう。それだけエネルギーが消費されていて、それだけ熱を発し、CO2を放出し、汚染物質を垂れ流していると言うことだ。人類の歴史のなかでかつてこれだけの大量で広域なエネルギー燃焼があっただろうか?大気の汚染があっただろうか?わずか1、2ヶ月の主要都市のロックダウンで見事な青空が復活しているのがその証拠だ。
 水が沸点(閾値)を越えると沸騰し、H2Oの状態は液体から気体へと一気に変身する。この地球環境についても同じようなことが言えるのだとおもう。変化は徐々に顕れ進むのではなく、ある閾値を超えた時点で、突然のように様相が一変する。水の加熱による水蒸気への様相の変化は、冷えればもとの水という様相に戻るが、この地球環境の様相の転移は不可逆的でかつ激甚なものになる可能性が高いと思う。近年の破壊的な天候災害がその前兆だ。ひょっとしたら、水が本格的に沸騰するちょっと前に、鍋のそこから小さなあぶくが連続して沸き立っている、という状態かも知れない。
 政治家と科学者達の一部は、地球の温暖化について言う。地球の歴史の45億年というスパンから見れば、わずか数度程度の気温の変化は過去においてもいつでおあり得た自然現象であって、人間活動によるものでは無いという。それもひとつの「仮説」である。個人的な感想を言えば、こういう人は理科系の学問をしてきた人に多いと思う。
 しかし、もし、もしそれが間違いで、人間活動により取り戻しやり直すことの出来ない、そしてかつ急激で甚大な地球環境の変化が顕れ、この大地のほとんどが人が生きて住めない地域になってしまったら、それは既に、賭けるに値しない「仮説」である。結論の見えない「仮説」にすがりつくより、「仮説」がはずれた場合のリスクを回避し、無駄でも良いから別の「仮説」、つまり地球環境の変化は人類活動の結果であり、人類が環境に対する毀損をこのまま続けていけば取り返しのつかない事になる、という「仮説」を採ったほうが賢明だ。というより必須だ。
 コロナ禍にあえぐ世界を見よ。当初黙殺しようとした中国、たいしたことは無いと見栄を張ったトランプ大統領。かれらの政治の選択の結果がこれだ。地球環境が沸点を超えれば、被害は新型のウィルスなどの比では無い。最悪人が住めない惑星になり、生き残る人類の方が少なくなってしまうということもあり得るのではないか。
 若いグレタ・トゥンベリさんが、強く激しく、環境保護を主張している。彼女の苛立ったようなヒステリックなパフォーマンスに多少引いて見ていたものだが、もし本当に人類にとって看下できない恐ろしい事態が迫っているとしたら。特にコロナが蔓延してて逼塞した気分になっている今日この頃だから、と言うわけでは無い。このコロナが出てくるずいぶん前ぐらいから、漠然とグレタさんはただしいのかな、と思い始めた。トランプのばかが間違っていたら・・・!
 新型コロナを終息させるために人々が協力し我慢している。人類は協力し合わなければならない。大国のエゴをむき出しにし、自身の再選だけを目標にしている大統領は人類の敵ですらある。
 危機感!人類全体にせまる危機に関する、誠実で無私な心。それが世界の政治家達に求められている。

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