【少女たちは夜歩く】宇佐美まこと ★★★☆

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 宇佐美まこと【少女たちは夜歩く】は、地方小都市松山の市街地の真ん中にシンボルのように存在する、まさに本書での表現「お椀を伏せたような」丸く小高い山、松山城を擁するので地元では「城山」と呼ばれる緑深い地域にまつわるオムニバスホラー短編集だ。実は短編集と見えるが、その実は巧妙に作られたりっぱな長編小説だった。
 この人の書くものはどの作品も、愛媛県の風物や習俗、そして自然を題材としている。その徹底ぶりにはもはや畏敬の念を抱かざるを得ない。宇佐美まことの本で多少なりとも愛媛にかすっていない著作はないのではなかろうか?彼女はその愛媛を、だいたいには”ホラー”のジャンルの小説の舞台に設定するのではあるが、にもかかわらず彼女の、故郷愛媛県に対するこよない愛情と憧憬が伝わってくる。
 また、作品をものするに当たって、専門的知識を仕入れ(おそらく)幾種類もの資料を漁り、描く世界に迫真性と現実の息吹を付加するのも宇佐美まことの特徴だ。本作では「城山」に根付く植物や鳥や昆虫の生態をキチンと調べて書きに入っているのがよくわかる。
 さらに、作品の構成力もこの人の持ち味で、短編集に見えるこの”小説”を読んだ後になってわかるのが、全てが合理的にカチッと嵌まるべき所に配置されていて、その様は難解な数学の定理を何十のステップを越えて証明するのに似ているという事だ。周到に用意された伏線と各章の構成の背後に、作者の艱難辛苦と果てもない推敲の繰り返しを窺わせる。その結果としての極めて完成度の高い著作だ。

 愛媛県の県庁所在地松山市。その箱庭のような市街地の中央にはお椀を伏せたようなこんもり茂った山があり、そのてっぺんには松山城がある。地元の人はこの山の事を「城山」と呼ぶ。物語はその「城山」の梺からすこし登ったところにある女子校からスタートする。(この女子校は地元の名門ミッション系高校「東雲女子高校」だが、作者は作品の舞台が松山市の城山にある東雲女子高校である、という事は一言も書いていない、が歴然としていて、また作者も作中に出てくるその他の固有名詞から完全に特定できることを想定しているので敢えて固有名詞を出した。)
 クラスには女子校特有の仲良しがいたり、逆に今で言う”ぼっち”のような少女がいたりする。杏子は、学校に通える場所に自宅はありはするが、身持ちの悪いシングルマザーの母と離れたくて敢えて女子校の寮に住まっているが、どちらかというと”人嫌い”で、もちろん親友と呼べるクラスメイトはいなくはないが、むしろ人が薄気味悪がる日暮れ時の城山の林を散策するのを楽しむタイプだ。またクラスには死んだ人が見える、と噂されていて、”ぼっち”の篠浦千秋がいる。
 そんな杏子が、偶然から大学生と知り合い、体の関係となるが、一方城山でバードウォッチングにいそしむ中学時代の教師とも成さぬ仲となり、どろどろの愛憎劇を展開する。
 城山の裾にこびりつくように立つ、ボロアパートの住人の日常、昔の城主の末裔と言われる蒲生家の祖先が書いたと言われる絵画にまつわる怪異、城山の裾にある児童養護後施設での迷子猫に関する出来事、城北の平和通りで薬局を営む善良な夫婦の話、等々一見まとまりの無い城山をテーマとしたオムニバス短編のように見えた各編を読み進むうちに、やがて焦点を結ぶようにくっきり見えてくる超常の物語は、読み終わってみれば最初からわかっていた話ではないか、と自らのうかつさを呪う自分であった。
 涙話あり、爽快で救いのある話あり。これからも目が離せない作者だ。

  

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