【死はすぐそこの影の中】宇佐美まこと ★★★★

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 【愚者の毒】で2017年推理作家協会賞を受賞した宇佐美まことの【死はすぐそこの影の中】を読んだ。①入念な下調べの上に構築する、②あたかも数理方程式をスッと解き明かすかのような骨太で揺るぎなく無理の無いプロットと、③あとから必ず納得のいく効果的な多数の伏線、が全くの無駄なく詰められている。根気を詰めた推敲を相当回繰り返してようやくできあがった、という感じの濃厚な読み応えがする力作だ。
 推理小説といえば、読者を惑わす”目くらまし”として、あること無いことガチャガチャ詰め込んで、しかも物語がどこに結着するのか全然わからん、という流れを旨とする、という作品が多いが、そのようなものは得てして、読了後なにか虚構のTVゲームを一発やり終わった、というような感じの不服な感じが残るのだが、この宇佐美まことという人の作品というのは、そのような”修辞”を避け、グググッと切り込むような鋭さと強さが感じられる。
 推理小説と言われるもののほとんどが常套とする”ごまかし”を排除した芯のキチンと通ったストーリー展開というのが、ともすると”先が読めてしまう”、という単調さに陥りがちなところを、作者が言うように”人間を描く”という確かな肉付けにより、真に迫った厚みがある物語として完結させているのだ。物語の結着が、当然にして帰結すべきあるべき所にススッと落ちていくその様は、あたかも人間の謎をひとつのきれいな法理で解き明かすような爽快を感じる。
 結着が全然読めないようにするのが、推理小説の推理小説たる所以であるが、技におぼれ、肝心な”物語”を描けていない、単なる売るための作品が多い時代に、これだけキチンとした作品は貴重である。
 敢えて言えば、本書の題名【死はすぐそこの影の中】はちょっと長すぎるし、個人的にはあまり好きで無い。
 あと、どこかに”泣きどころ”があれば尚すごい小説になっていただろう。

 一藤麻衣子は幼い頃は、幸せな家庭に育ったが、父の事業の失敗と自殺を経て、父の兄である叔父を頼り、愛媛県の肥治川の奥深い上流沿いにある七富利村に暮らしていた。その村
では醜悪な姿形の叔父が権勢を極め、叔父の政治力により村はやがてダムの底に沈む事となったのだが、その直前に叔父は不慮の事故により亡くなってしまう。風呂の洗い場で、酔って煮立った湯に入ってしまった叔父の全裸死体が見つかったのだが、なぜか肩の辺りに十字の焼き印のような跡が。昔この地に逃げたキリシタンを叔父の家系である一藤の先祖達が卑劣な弾圧をしたことの祟りだと噂がたった。
 一藤の家の生き残りである3人、暴虐な叔父に何をされても逆らわないやさしく献身的な叔母と、なににつけても人を頼りっきりにする母と麻衣子の3人は、そうして東京に越してきたのだが、今や麻衣子は叔母と母が暮らす家を出て、腕の確かな調律師として独立している。
 傲慢な人気ピアニストの橘彩夏のピアノの調律を受け持っているが、その兄でしばしば浮き名を流す青年実業家橘陽一郎に見初められ幾度か会うが、七富利村での生活で数々の悲惨で陰鬱なトラウマを負う麻衣子は、陽一郎とのつきあいを拒絶するのだった。
 そんなとき、二人の別れの場面を写真週刊誌に撮られたことから、七富利村出身の三流ライター三谷につきまとわれることになる。つかんだネタをなんでもカネにしようとする三谷の執拗な追求により、やがて麻衣子に思い出したくも無い七富利村での日々がのしかかってくる。
 陰鬱な愛媛の山奥の村でなにが起こったのか?

 ネタバレにならないように、あらすじのさわりを書くのはかなり難しいが、こんな感じで物語は重く深く展開する。

 本作の初版は2017年10月だが、2015年9月初版の宮下奈都【羊と鋼の森】が、調律師を題材とした佳作でいくつかの賞をとった。また、これはかなり記憶が怪しいが、何年か前に、母親による子供に対する虐待で極めて特異なケースが報道されたと思う。これらが少なからず本作の構想に影響していると思う。もちろん著者のオリジナリティは完全に担保されている。

 愛媛県に絡んで。
 私も愛媛で7年間暮らし、物語の舞台となる川(肱川)や村々の情景は目に浮かぶようだ。
 一言断っておくと、愛媛は決して暮らしにくい陰鬱な土地ではない。人の心はやさしく穏やかだし、物価は安いし、人々は助け合って暮らしている。ある意味生活の理想郷のような場所だ。(田舎の例に漏れず買い物が不便。しかし都市部に住めば何ら問題無い。都市部に住み、ある時期はしばらく山村に暮らす、というのが贅沢な理想だろう)
 本作で描く暗く陰鬱でじめじめした、山奥の因習の村というのは、だから実際には無い。(愛媛県人、特に田舎に住む高齢者の保守性というのはあると思う)
 むしろ、愛媛を舞台にする、宇佐美まことなど多数の作者の作品に触れて、是非愛媛県をエクスペリアンスして欲しいところだ。

 

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