【怒り】吉田修一 ★★★★

画像


吉田修一の【怒り】を読了。吉田修一は他にも2冊ぐらい読んだ事があり、まあなにか”かゆいところがかゆいままに読み終わってしまった”ような感じの作者だな、と思っていたが、今回は良かった! 年のせいで涙もろいという点も多々多々あるが、電車の中で読んでいて思わずウルウル来てしまって、たいへん恥ずかしい思いをした。もちろん単に”泣ける”のが良い小説という事を言っているわけでは決して無い。作者の意図も決して読者を”泣かす”事では無い。”泣く”という比較的単純な感性を刺激することが作者の本意ではなく、むしろ作中の登場人物達の何気ない所作や感じ方というものがたいへん自然でわかりやすく、”あるある”という共感を呼び起こすところとか、同時進行する3つの私小説的物語のそれぞれの進行と、犯人を追う刑事達の地道な捜査と焦燥の場面を、”目まぐるしく”に近いぐらいの数頁毎の文章で切り替えるところなどが、(ありがちな手法ではあるが)いやます緊張感を醸しだし、秀逸である。
 物語の構築の手法と表現力において吉田修一はたいへんに進化したのだと思う。あれっ、こんなにしっかりした構造の物語を書く作家だったかなと感じた。


 郊外の住宅街に住む至って普通の夫婦が惨殺され、その現場には「怒り」という血文字が残されていた。それから1年、わずかな手がかりと公開捜査の情報提供を頼りに刑事達が続けていた地道な捜査は未だ逃走潜伏した犯人の気配すら見いだせないでいる。
 一方、家出を繰り返し、終いには歌舞伎町の風俗に身を埋める頭の弱いおっとり娘は房総の漁協に勤める父に連れ帰られ、漁協にバイトで勤めはじめた「男」と親しくなる・都内に住み広告代理店に勤め死期を間近にした母を持つゲイの男は、その筋のサウナで拾った「男」と自宅で一緒に住むようになる・母の繰り返しの不倫が原因で、母子で逃げるように転居を繰り返し、流されるように沖縄の離島に住むようになった女子高生は同級の男友達の運転するボートで無人の離島に行き、一人廃墟に暮らす「男」と出会い徐々に親しくなる、という3つの異なる場所とシチュエーションで、偶然の出会いにより、逃走中の犯人と”似た”特徴を持つ「男」と、そうとは知らずに関わりを持つ者達がいた。同時進行する3つの物語の主人公達である。
 各々が社会にたいするハンデもしくはコンプレックスを持ち、その各々との関係が深まっていく”犯人かも知れない”どの「男」にも、語られぬ過去があり一口で言えば素性が知れない。しかしやりきれない思いや心の傷を持つ3つの物語の主人公達は、出会った「男」の淡泊で素っ気ない人柄の中に、優しく癒やす暖かみを見い出し、やがて(各々形は異なるものの)欠かせぬ人と人の関係性を築くようになる。 また、犯人に迫る刑事の一人にも、”履歴の知れない”女との似たような親密な関係が生ずる。彼も主人公の一人だ。
 やがて捜査がすすみ、徐々に「男」の足取りがつかめてくる中で、各々の主人公達も、それぞれの信頼し善人である、と信じてきた「男」に疑念を持つようになる。(なってしまう!)
 主人公達の知らぬところで捜査の輪は狭まり、TVを通じて主人公達は自分の知る「男」が犯人かも知れないと疑い出すようになるのだ。

 どこで生まれ育ち、何をしているという本人確認ができた個人(達)と、履歴が分からず結果としてその真の個性(端的に言えば悪人が善人か、正直者が嘘つきか)が分からない匿名の者との関係において、主人公達は既に”大切な者”となった「男」を最後まで信じ切る事ができたのだろうか?


 テーマは「信頼」である。人と人が関係を持ちやがてお互いの生活を重ね合わすようになったときにひょんな事から疑念が生じることがある。”知っているはずなのに実はその本性が理解できない”相手を信じ切ることができるか?本書は通俗な「愛」を越えた相互信頼の物語である。
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック