【国家は破綻する】 カーメン・M・ラインハート&ケネス・S・ロゴフ著

 表記著作を読破!しました。超ぶ厚の本で、買ってしまった途端にこれはしまった、と思いました。世界の国家・銀行の(金融)危機のデータを1800年代後半から可能な限り収集し分析した大作です。とはいうものの思ったよりは重くなく、まあ事例分析の終始に尽きると行ったところでしょうか。後半3分の1は単なる註・出典・データの羅列にしか過ぎないので、確かにこれだけのデータセットを収集する莫大な労力には脱帽せざるを得ませんが論理の駆使・理論の構築という点では物足りなく思いました。もっともこの著作の狙いはそのような「法則」みたいなものの確立ではなく、膨大なデータ郡を単に類型に分けただけという感があります。
 さまざまなデータを駆使し、数多の図表を提示し、つまりこの著作の言いたいことは、表題通りまさに「国家は破綻する」という事です。世界の歴史の中では、どんなに厳重かつ安全に見える(見えた)金融システムも破綻=デフォルトを繰り返してきており、それは今現在起こっている世界的な金融危機の推移を占うものではないとしても、いつかどこかで必ず起こり得るものである、という宿命とも言える事実を極めて冷静に示しております。

 リーマンショック後ほとんど間を置かずして現在のユーロ危機。国家の「破綻」に関連する記事を見ない日の無い今日この頃です。
 日本を含めて、GDPを上回るまたはそれに近い借金財政の国々が多すぎる!これが世界の金融危機で無くして何でしょう。私が銀行家ならば借入金の返済に窮して繰り延べを頼むような人にはびた一文貸しません。まっとうな銀行であれば「あそこはヤバイ」みたいな信用不安があるような会社にお金を貸すことはあり得ません。
 それを何故単に「国家」であるからという事だけで世界中の銀行が安易に預金者のお金を貸しているのでしょう?しかも担保すら取ることもなく!?

 まあ、素人には分からない大きな金融の仕組みがあるのだよ、という事なのでしょうけれど、貸す方も借りる方もあまりに安易に過ぎると思います。私などは数年に1回ほんの僅かなお金を銀行から借りるときも厳重な審査を受け、借りる私自身キチンと返済できるかどうか何度も周到な事業計画を立て、かつ最悪ケースでも必ずなんとかなる、という所まで詰めて詰めてようやく”お金を借りる”という行為をします。

 国家・銀行による安易な超大規模な不良融資。前のブログでも書きましたように、結局”人の金”ですから・・
 という訳で、なれ合いによる資金の融通ごっこは延々と続き、そのつけは回り回って国民たる人民の負担となる。時には歴然たる債務不履行、そして場合により強烈なインフレ、増税・・形はどうあれ結局は借金の棒引きに他ならない。
 世界の国家による「国民経営」とは、結局見えざる「徳政令」の歴史だったのです。

 表題の、「国家は破綻する」という著作が冷静にそれを示しています。

 日本ではバブル後10年経った2000年初頭には「失われた10年」と言う言葉がささやかれました。そしてその後更に10年余り。今ではみんなが「失われた20年」と表現します。

 この、”あまりにいろいろな意味で言える”「世界の惨状」を目の前にして、私は「失われた30年」と言われる日が訪れることを確信せざるを得ません。 

 いったい何が悪かったのでしょう?あまりにむさぼり過ぎたのでしょうか?為政者達があまりに愚かだったからでしょうか?企業家があまりに強欲だったからでしょうか?銀行があまりに傲慢だったからでしょうか?人々があまりに利己的過ぎたからでしょうか?

 暗澹たる気持ちで今この世界を憂えているのは私だけでしょうか。

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